時間をやくパン屋さん【感想と口コミ】悔しさをバネにするかどうか

『時間をやくパン屋さん』という本があるのご存知でしょうか?

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小学3、4年生向けの本で、夏休み感想画対象の本に選定されていました。

感想文用の本を購入しに行って、間違えて感想画対象の本を買うという痛恨のミスだったんだけど、感想文用として読むことにしたうちの娘。

元々は韓国の本らしく、著者は『キム・ジュヒョン』となっています。
それが和訳されて出版されたようです。

なぜブログに残すことにしたかと言うと、

  • 悔しさをバネにするかどうか
  • これって、引き寄せの法則のことですよね?

この2点が気になったからです。
そして本の中で、言及が無かったから。

身近に子どもさんがいらしたら、
『そういうことだよ』
と付け足してくれるといいなぁと思って残しておきます。

↓引き寄せの法則についてはこちら

まずは『①悔しさをバネにするかどうか』こちらから。

目次

時間をやくパン屋さん※血の色の復讐マカロン

『血じゃなくてジャムだよ。人は赤い色を見るとこうふんするんだ。どうしても復讐の赤い色を入れてくれって、特別注文だったから。』

『復讐?』

『そうだ、復讐。なかには復讐の時間を覚えておきたい人もいるんだね。その苦くて残酷なつらい時間をやしてくれってね。くちゃくちゃとかみしめながら、ずっとわすれないんだ、ぜったいに仕返ししてやるんだ、って』

時間をやくパン屋さん』 P87

時間をやくパン屋さんでは、覚えておきたい時間(思い出)の味をパンに込めて、そのまま焼いて食べることができます。

楽しい時間を焼く人が多い中、エマという12歳の女の子が『血の色の復讐マカロン』を注文。

エマはお母さんから洋服をもらうのですが、その洋服はお友達がゴミに捨てた洋服。

学校に着ていくと、その洋服を見たお友達から馬鹿にされてしまうのです。

その悔しさを忘れないように、絶対に忘れないように、うんと苦くて、鋭くて、吐きそうな味にして欲しいという注文をしました。

わたしの読解に疑問を持ってみた

わたし、去年この本を読んだとき、悔しさをバネにするってことが言いたいんだろうなと思ったんですけど、そうでもないかもしれないと思い出す。

ちょっと、投影が過ぎたと思う。
学校教育の投影かもしれない。
腹立たしさよ。

また、レジリエンス!?
こんな教育してるから!!

記事の内容は合ってたのよ。
心理学では、レジリエンスにも気を付けないとけないっていうね。
トラウマ反復だよ。
けど、読解としては、枝葉読みに近かったと思う。

ちょっと、恥ずかしい。笑
ゆるして。
実は、違和感あったのよ。
けど、無視したの。
どうせこういうことが言いたいんでしょ!
って処理したの。
ごめんね。
本読んで、感情が出たら疑う。
これは大事だねぇ。

読むとさ、悔しさを噛みしめて、それをどう扱うかまでは決まってないから、バネにするのか、そのままずっと嚙みしめたまま生きるのか、それはエマが今から決めることなんだと読み直してる。

反省中です。
娘が書いた感想文は大丈夫だったのよね。
扱ってたのは『引き寄せの法則』と『エマの未来』。

本の構造としては、

思い出には、良い思い出も、苦い思い出も両方ある。
最後は、未来の描き方。
途中、苦い思い出を抱えた「エマ」をどう解釈するか?
は、やっぱり重要なのかもしれない。

娘の感想文を確認してみたら、こう書いていた。

自分の気がすむまで苦い思い出を食べつくしてしまったら、次は、エマが未来のしあわせな瞬間を味わうことのできる「ふわふわ想像パン」を作るためにパン屋さんに通うことができたらいいなと思いました。
その方がきっと、エマらしく、自分の人生をしあわせに生きることができると思えたからです。

ブログ、読んでた面々、考えが変わることもあるから、ごめんね。笑
ちょっと読解が浅かったと思う。
だけど、ブログの内容は間違えてないのよ。
レジリエンスには注意は必要、繰り返すからさ。

これを、「『悔しさ』をバネに頑張ってほしいと思う」という趣旨の感想文になっていたら、どうだろう?
と疑問を呈すわ。
そういうのを書いてくる面々を阻止したかったという狙いもあったのよ。
暴露するとね。

どけよ。
※これは心の声です

こうだよ。

わたしが、娘に感想文を書かせてるのは、
狙いとしては「気づけ」このメッセージが強い。

だから、レジリエンスを否定はしないけど、今を受容しまくれ。
こういうメッセージを残したつもりの感想文だ。
そしたら、読んだ誰かが、誰かに教えてくれるかもしれないだろう。
それが狙いでもある。

含みのある読書が多いよね。
この本も、悔しさをバネにで書いた子もいるかもしれない。
それは、間違いではないんだけどさ。
その先に含まれる部分をちゃんと、教育で落としたいんだよね。
それだけが正解じゃないって、ちゃんとさ。

エマの「悔しさ」の使い道は未来に預けられている段階だね。
記事内容は、がっつり変更したよ。

だから、も一回読んでね。

レジリエンスは必要。でも「繰り返す構造」には注意がいる

レジリエンス(逆境から立ち直る力)。
大事です。めちゃくちゃ大事。
これがなかったら、人はだいたい途中で心がポキッといく。

ただし。
心理学的に見ると、このレジリエンス、使い方を間違えると無限ループ装置になる。
トラウマ反復。

元気に立ち直ってるつもりが、
実は同じ場所をぐるぐる回ってるだけ、というやつ。

立ち直りを急ぐと、悔しさを探し続ける循環が生まれる

悔しいことが起きたとき、よく聞く言葉がありますよね。

「これをバネにしよう!」
「よし、次は頑張ろう!」
「悔しさは成長のチャンス!」

……うん、言ってることは正しい。
正論オールスターズね。

でもここで、ちょっと想像してほしい。

もし毎回
「悔しい → よし頑張る → 結果が出る → また悔しい → よし頑張る」
を繰り返していたら、どうなるか。

そう。
悔しさが起きないと動けない人になる。

  • 他人と比べては悔しくなり
  • 劣っている部分を見つけては奮い立ち
  • 何も起きていない平和な状態に、なぜか落ち着かない

心のどこかで、
「次、何に悔しがろうかな?」
って探し始める。
無自覚にね。

これ、もはや成長じゃなくて、
悔しさ自給自足生活

本人は前向きなつもり。
でも内側では、同じ感情を何度も再生して消耗している。

レジリエンスが、回復装置じゃなくて
永久機関(ただし疲れる)になってしまう。

だからね。

悔しいときに、
すぐに
「意味を見つけなきゃ」
「バネにしなきゃ」
としなくていい。

今はただ、
「あー、悔しいな」
って噛みしめてる段階があってもいい。

エマがやっているのは、まさにそれ。

忘れない。
無理に前向きにしない。
でも壊れもしない。

一見、地味。
でもこれ、同じループに入らないための強さでもあるかもしれない。

レジリエンスは必要。
ただし、急ぎすぎると迷子になる

立ち直りにも、ちゃんと順番がある。
それだけの話だな。

人生には、忘れられない出来事が起こる

努力では避けられない理不尽(いじめ・排除)に遭遇することもある。

正直な話。
人生って、がんばれば全部どうにかなるほど親切じゃない。

努力しても、
真面目でも、
空気を読んでも、
なぜか当たる理不尽がある。

「え、今の私、何かしました?」
って聞きたくなるやつね。

「気にしないで」
「忘れたほうが楽だよ」
「相手にしなければいい」

……それができたら苦労しないよ。

そもそも、
理不尽って努力で回避できないから理不尽なんですよ。

  • 何もしていないのに嫌われる
  • 目立っていないのに標的になる
  • ちゃんとやってるのに外される

こういう出来事に対して、
「もっと頑張れば防げた」
は、だいたい後出しジャンケンでしょ。

だから、忘れようとすること自体は悪くない。
忘れて距離を取るのも、一つの生存戦略。

でも——
忘れられないことも、確実にある。

頭では分かってる。
もう終わったことだとも思ってる。
でも、ふとした瞬間に思い出す。

そういう記憶を前にして、
「まだ引きずってる自分は弱い」
って判断する必要はない。

エマも、忘れていない。

彼女は、
「忘れられない自分」を否定しなかった。
無理に切り替えようともしなかった。

理不尽があった、という事実を、
なかったことにしなかった。

それは、前に進めていないからじゃない。
現実をちゃんと引き受けているだけ。

人生には、努力では避けられない出来事がある。

そこから先をどう生きるかは、
忘れるかどうかじゃなくて、
どう時間を通すかの問題なんだと思う。

——ここまで来て、
エマの「食べ続ける」という行為が、
どういう行為かが、少し見えてくる。

エマが選んだのは「忘れない」という強さにも見える

ここ、誤解されやすいところなんだけど。
エマは別に「前向き」になってないし、「立ち直った」わけでもない。

むしろやっていることは、かなり地味。
復讐を決意してるしね。

忘れない。
薄めない。
なかったことにしない。

これだけ。

世の中はすぐ言うでしょ。
「気にしない方がいいよ」
「忘れた方が楽だよ」
「前を向こう」

うるせぇな、と思うときもある。笑

エマはそのルートを選ばなかった。
パンを食べ続けることで、ちゃんと今を噛みしめてる

これは逃げじゃない。
感情から目を逸らさない、という選択にも見える。

忘れないことは「負のエネルギー」を抱える選択でもある

ただし、ここが大事。

忘れないって、きれいな話じゃないでしょ。

  • 悔しい
  • 腹が立つ
  • 仕返ししてやりたい
  • 思い出すたびにムカつく

正直、エネルギーとしてはまあまあ重い
軽やかさゼロ。キラキラ感ゼロ。

これは「リフレーミング」じゃないし、
レジリエンスでもない。

負のエネルギーを、あえて抱え続けている状態。

これ、自覚的であれば、実はかなり強くもある。
だって多くの人は、無自覚に相手批判するでしょ。

わたしの場合は、

  • 早く意味づけしようとした
  • 無理に「学び」に変えようとした
  • 「成長した自分」で上書きしようとした

この世間で溢れている「リフレーミング」で病んだから。

でもエマはしないじゃない。

ただただ、咀嚼して食べる。

それくらい、今はまだ処理中なんだと思う。

この悔しさを
いつ
どう使うか
そもそも使うのか

まだ決まっていないということ。

「バネにする」とも決めてない。
「忘れる」とも決めてない。

負のエネルギーは、
すぐにポジティブに変換しなくてもいい。

使い道は、未来に預けられている段階。

この「保留」ができること自体が、
エマのいちばんの強さなんだと思う。

悔しさは、すぐにバネにしなくていい

世の中には、感情が出た瞬間に
「はい次、成長!」
「はい学び!」
「はいレジリエンス!」
って急かしてくる空気もあるでしょ。

いやいや、まだ口の中だわ。
飲み込めてないわ。
噛んでる途中だわでさ。笑

悔しさって、そもそも重たい感情だから、
出てきた瞬間に方向性を決めなくていい。

  • バネにするか
  • 忘れるか
  • ずっと抱えるか
  • どこかで形を変えるか

それ、時期が来るまでは決めなくていいやつ。

エマがやっているのも、
「悔しさを使う」じゃなくて
「悔しさと一緒に今を生きる」こと。

これ、心理学的にもかなり健全。
自己受容。

未来の「ふわふわ想像パン」は、可能性として残されている

バネにするかどうかは、人生の途中で決めていい。

ここ、声を大にして言いたい。

悔しさは、
必ずバネにしなきゃいけないわけじゃない。

  • バネにする人もいる
  • しばらく抱え続ける人もいる
  • 別の形に変わる人もいる
  • そもそも使わない人もいる

どれも、間違いじゃなくて。

エマは今、
「絶対に仕返ししてやる」と思っている。

それも含めて、途中

その悔しさが、

  • 誰かを助ける力になるかもしれない
  • 自分を守る境界線になるかもしれない
  • ただの記憶として薄れていくかもしれない

それは、人生のどこかで決めればいい
そして、人生のどこかで決まることもある。

今決めなくていい。
今、決めさせなくていい。

未来のふわふわ想像パンは、
「前向きになれた人へのご褒美」じゃない。

今をちゃんと生きた人が、
あとで思い出せる選択肢

エマの「悔しさ」の使い道は、
まだ白紙ってことだね。

でもその白紙を、
破らずに持ち続けていること自体が、
もう十分に強いんだよ。

悔しさをバネにした時の落とし穴について一応説明してみる

『悔しさを前向きなエネルギーに変える』
というアプローチは、非常に積極的で力強いものに思えるでしょ。

「悔しさをバネにする」って、そりゃ強い。
でも、使い方を間違えると、悔しさ依存になる。
(はい、ここから地味に怖い話)

  • 一時的なエネルギーの危うさ
  • 比較による悪影響
  • 幸福感の欠如

① 一時的なエネルギーの危うさ

悔しさって、エネルギーになる。
なるんだけど、燃え方が雑になることがある。
一瞬だけブーストかかって走れる。
でも、その走り方を続けると、心が先にガス欠する。

悔しさって「原因」が混ざりやすいから。

たとえばサッカー。

選抜に選ばれると思ってたのに外れた。
悔しい。うん、悔しい。

でも、その悔しさって何由来?

  • 実力不足が悔しいのか
  • ライバルに負けたのが悔しいのか
  • 親にガッカリされるのが嫌なのか
  • 人と比べられて腹が立つのか

ここを雑にすると、
「本当は親の目が怖いだけ」なのに
“成長したい俺”で上書きするみたいな事故が起きる。

悔しさって便利だけど、
燃料にするならまず、どの悔しさか分解してから
じゃないと、頑張るほどズレていく。地味に。

② 比較が生む「悔しさ自給自足ループ」

成果を出した瞬間って、たしかに気持ちいいでしょ。
でも、所在不明の「悔しさ」を燃料にしてると、
その満足は 一瞬で終わるのよ。

で、すぐ来る。

次は何を頑張ればいい?
このままで大丈夫?
また負けたらどうしよう?

ここから何が起きるかというと、
無意識に“次の悔しさ”を探し始める

そう。
悔しさを原動力にしてたはずが、
いつの間にか 悔しさを補給しないと動けない体質になる図。

で、だいたい比較が始まる。

あいつ、また選ばれてる。
スキルそんな変わらないのに。
あいつさえいなければ……

はい、出ました。
悔しさの種、確保完了。

この時点で目標設定がズレるでしょ。

ライバルに勝つために。
あいつより目立つために。

→ 走る練習
→ シュート練習
→ とにかく“自分が目立つ”努力

……で、これ、報われると思います?

もし監督が見てるのが
「個人技」じゃなくて「チーム全体」だったら?

  • 状況判断ができるか
  • 仲間を信頼してパスを出せるか
  • 場を読めるか

ここが見られてたら、
一人で突っ込む選手、普通に外される

私が監督なら、ワンマンは外すよ。

つまり何が言いたいかというと。

悔しさを軸にすると、
「何が評価されているか」を考えなくなる。

代わりに、
「誰に勝つか」
「誰より上か」
に脳を持っていかれる。

これ、努力してるようで、
同じ場所をぐるぐる回るだけ

悔しさ → 比較 → 努力 → 一瞬の達成 → また悔しさ
はい、無限ループ完成。

だからね。

悔しさを感じたら、
すぐ「次、何を頑張る?」に行かなくていい。

まずやるのは、これ。

この悔しさ、どこから来てる?

分解すると分かるけど、
ループする悔しさの正体って、だいたい親。
正確には、親から埋め込まれた劣等感

ここを飛ばすと、
頑張るほどズレる。
地味に。確実に。

③ 幸福感の欠如もだし、その悔しさの根幹はどこから?

悔しさをバネにすることが習慣になると、
生活そのものが「悔しさ基準」

成果を出しても、

  • なんか満たされない
  • すぐ次の不安が来る
  • 喜びが長続きしない

これ、気合い不足じゃない。
燃料の問題だし、もっと掘ると脳の構造の問題。

所在不明の悔しさは走らせる力にはなるけど、
幸せを感じさせる力はほぼない。

だから、

結果を出す

一瞬スッとする

すぐ空虚

また悔しさを探す

このループに入る。

たとえばまたサッカー。

なんでパス出したの?
自分でシュートいけたでしょ?

こう言われる環境。
脳の構造を作っていく。

親は悪気なく言ってる。
「目立ってほしい」
「活躍してほしい」
だけ。

でも、子どもの中で何が起きるかというと、

  • 親が喜ぶ=自分が価値ある
  • 目立つ=正解
  • シュート=正義

この図が、無自覚にできあがる。
脳の回路として。

ここが一番ややこしい。

本人は
「自分がシュートを決めたい」
と思ってるつもり。

でも実際は、

「親が喜ぶ顔を見たい」
が本音だったりする。

サッカーじゃない。
人生の主語が、もう他人。

このズレに気づかないまま頑張ると、

  • 成果は出ても満たされない
  • 評価されないと不安
  • 自分で決めた感覚がない

幸福感が、育たない。

だから必要なのは、

「もっと頑張る」じゃなくて、
目標の持ち主を取り戻すこと

  • 誰が喜ぶための努力か
  • これは本当に自分の目標か
  • 何を達成したら、納得するのか

ここを一回、疑ったほうがいい。

所在不明の悔しさをエネルギーにすること自体は、否定しない。
ただし、それは 短距離走向き

長く生きるなら、

  • 自分で選んだ目標
  • 過去の自分との比較
  • チームや関係性への貢献

ここに軸を移さないと、
ずっと同じステージを周回する。
脳の回路修正。

サッカーで言うなら、

「自分が決める」から
「チームが勝つ」へ。

この移動が起きたとき、

  • 小さなパスが意味を持ち
  • 信頼が生まれ
  • 自信が積み上がり
  • 次のステージが見える

幸福感って、
結果じゃなくて「納得」から生まれる

だから最後にこれだけ。

所在不明の悔しさをバネにしてもいい。
でも、それが人生の燃料になった瞬間、
幸せは後回しになる。

走るための力と、
生きててよかったと思える力は、
別物だよ。

話はもどります。

まとめ

この本がやさしいのは、
エマに「正しい未来」を押しつけないところだと思う。

悔しさをバネにしてもいい。
しばらく抱え続けてもいい。
使わないまま忘れてもいい。

どれも、途中の選択肢だろうね。

エマは今、
「悔しさと一緒に今日を生きている」
それだけ。

そしてそれができている人は、
もう十分、強いんだと思う。

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